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08/07
カルパッチョな夏
ホント〜に暑いっ。ウチは風通しがよく、少々暑くても無風でなければ何とか過ごせるので、「地球にやさしいノーエアコン」が標準モードだが、8月になってからはさすがに数日エアコンを使った。とはいえ、極限まで我慢して最小限の使用にとどめている。朝夕の打ち水は欠かさないし、冷やしタオル作戦なんかも効果的だ。バルコニーにテーブルを出し、足にシャワーホースでぱしゃぱしゃ水をかけながらワインを飲むのが今夏のおもてなしのトレンドになった。こう暑いとややこしい料理は敬遠しがち。ということで、今年はいつもより「カルパッチョ」の出番が多いような気がする。火を使わなくてすむから、台所が暑くならない夏の手抜き料理のリーサルウェポンといえる。今が旬の伏見唐辛子をさっと焼いた前菜に、プリモは軽くバジリコやペペロンチーノのパスタ(或いはトマトとモッツァレラの冷たいパスタ)、ルコラのサラダをつけ合せにしたカルパッチョをセコンドにすれば、すっきりヘルシーメニューになる。合わせるワインはやっぱり冷えた発泡系。で、当然プロセッコの消費量が一段と上がるわけである。イタリアでもカルパッチョやプロシュットは、夏の定番。手を抜く分材料に吟味が必要な、どちらかというとご馳走の類いである。実際、私の頭の中にはカルパッチョ用の肉がコンスタントに手に入る店のリストがある。和食でなら「今日はひとつおいしいお刺身にしようか」という感覚に近いかも。切り方ひとつで味が左右するところも似ているしね。

さてこのカルパッチョ、ヴェネツィアはかのハリーズ・バーが発祥というのはご存知の通り。(しかも1950年と比較的新しい料理)だからヴェネツィアでカルパッチョといえば家庭料理というよりもレストランで食するものという感じ。食べないことはないが、家庭では牛の生ハム、ブレザオラを食べる方が一般的だ。世界的に知れ渡ったカルパッチョというネーミングは、これを創作した先のハリーズ・バーの初代オーナー、ジュゼッペ・チプリアーニ氏によるものということになっている。この方、この他にもベリーニ、ティツィアーノなどと画家の名を冠したカクテルも作ったなかなかのアイデアマン。カルパッチョ同様、世の多くの人々がこれらの名前を最初に認知するのが美術館ではなくて、レストランのメニューの中ということになり、ヴェネツィア派絵画を知らしめるきっかけとしてある意味貢献しているといえるかもしれない。ついでに名前の由来を補足しておくと、カルパッチョとは15世紀に活躍した(アカデミア美術館に行けば占有の展示室があるくらいの)ヴェネツィアを代表する画家のひとりである。ティツィアーノやティントレット(そういえばこの人の名前の料理がないな----いかつい画風的にあまり食欲をそそらないからか?)などに比べ巨匠という風格はないものの、主題はもとより当時のヴェネツィアの様子を細かく描きこんだ画風は装飾的で風俗画としても楽しめ、別格に親しまれている画家である。このカルパッチョが頻繁に使用した、いわゆるヴェネシアンレッドの赤色の連想から、この牛生肉の一皿にその名がつけられたといわれている。とある貴婦人の滋養強壮のために医者の指示によって考案されたとかの逸話があるが、たしかに食欲のない時でもさっぱりと食べられ、栄養価も高そうだ。やはり夏向きの食べ物なのかも。簡単に用意できる割に豪華で見栄えがするし、以上のような蘊蓄を傾けながら食せば、さらに印象的なおもてなし料理となる。カルパッチョとは本来しっかりと濃い赤身の牛肉を使うものだけど、今では様々なバリエーションが生み出され、肉魚にかかわらず、薄切りの刺身にドレッシングソースをかけて供するおしゃれなイタリアンの総称になっている。特に日本人には魚料理としての方が馴染み深いかもしれない。我が家でも牛肉と同じくらい、いやそれ以上に白身の魚で作る。今ならスズキのカルパッチョが多いかな。(季節を問わず手に入るマグロも悪くないが、ウチではマグロはタルタル風にしてしまうことが多い)面白いことに客人にカルパッチョを出すと、ほぼ百発百中でその作り方を訊かれる。つまり日本人はカルパッチョが大好き、そして自分でも作ってみたくなる料理の筆頭ということらしい。

私の作るサルサは本家ハリーズ・バー(実際に食べたことはないが、1皿1万円近くするとか)のリチェッタをもとに、アレンジを加えて軽くしたもの。マヨネーズ、レモン汁、マスタード、オリーヴオイルを塩・胡椒で味を整えたら、ケッパーのみじん切りを入れるのがポイントである。牛肉の場合は、リー・ペリンのウースターソースを数滴加え、魚にはレモン汁をやや多めにして、ポワープルローズを味のアクセントにする。どちらもごくごく薄くスライスしてお皿にぴったりと貼りつけるようにし、きちっとラップして冷蔵庫でしばらく冷やしておく。食べる直前に、サルサを美しくドロッピングしてデコレーションする。ちょっぴり牛乳を加えてサルサをのばすと、うまくいく。カルパッチョの旨さは、ワインとの相性の良さである。前もって用意しておくことができるので、お客の時でも慌てることなく自分もゆっくり一緒に楽しめる。ニンニクをこすりつけたカリカリのブルスケッタをたっぷり、それからもちろんとよ〜く冷えた白ワインを用意しておくのを忘れずに。カルパッチョで暑い夏の宵もまた愉し、となること確実だ。
カルパッチョな夏