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07/07
アペリティーヴォはいかが
まだ完全ではないけれど、マンションの大改修工事も収束の目処がたってきた。この半年近く建物を覆っていたシートが外され、徐々に足場が撤去されていくのは感無量である。(オーバーか?)完全防水工事を施したバルコニーもタイルを貼り替え、めでたくリニューアル。目一杯雑木林状態だった植木もかなり整理したので、バルコニーはすっきり広くなり、新しくスペースが増えた感じ。さっそくテーブルと椅子を持ち出して朝食、時には夕食もここで楽しむことが多くなった。我が家のバルコニーはヴェネツィアでいうところのコルテ、建物に抱え込まれた内庭に面しているので割とプライベートな雰囲気。朝は木陰でカフェラッテ、夜は夜風に涼みながらのヴィーノと、今年の夏はいながらにしてリゾート気分だ。イタリア人は夏になると外(FUORIフオーリ)に出るのが大好きだ。ヴェネツィア人もしかり。日焼けが苦手な私など、暑い盛りに何もわざわざと思うけれど、アパートの屋上やテラスにマットを敷いて寝そべり、まめに肌を焼くのである。歴史的にも劣悪な住宅事情のヴェネツィアには「アルタナ」という独特の張り出しテラスがある。植木鉢を置いたり、夕涼みしたり、見た目もその風情も日本の「物干し台」そっくり。ヴェネツィア的生活を標榜する我が家としては、バルコニーをアルタナと呼ぶことにしようかな。アルタナでアペリティーヴォなんて、とってもヴェネシアン。もう何度も話題にしているけれど、イタリア人ことにヴェネツィア人にとって、このアペリティーヴォの時間はなくてはならない大切なもの。夕食は夜9時くらいが普通なので、その前の夕暮れの時間に買い物や用足しがてら表に出て、しばしのパッセジャータを楽しむ。この時欠かせないのが、馴染みのバールでの一杯のアペリティーヴォなのだ。そこには必ず顔見知りがいるから(もっとも店の主人自体とも親しいんだけど)、当然ひとしきりのお喋りとなる。毎日のように顔を合わせているので、別段これといった目新しい話題があるわけでもなく、まあ挨拶のようなものである。なかには表通りで網を張って知り合いが通りかかるのを待ちかまえ、何軒もバールをはしごする飲ん兵衛もいるけれど、長居は野暮、さっと一杯飲んだら引きあげるのがヴェネツィア流だ。バールで一杯飲るのは男たちだけではない。夫婦揃って出かけることもあるし、マンマのような年配のシニョーラたちもちゃんと行きつけのバールがあって、アペリティーヴォを日々の楽しみにしている。夕食前はもちろん、お昼の前もアペリティーヴォ。パンやサラダ用の野菜やらのちょっとした買い物を済ませたら、バールに駆け込み一杯。これでひと息ついてから、急いで帰って食事の支度に取りかかる。つまりバールでのアペリティーヴォは毎日の生活の楽しいアクセントとしてしっかり機能しているのだ。一方、家にお客を招いた時にもアペリティーヴォのひとときは効果的に使われる。三々五々現れるお客たちに、まずは軽い飲み物と簡単なつまみを出し、皆が揃うのを待つ。なにせ約束通りにはやって来ないのが当たり前だから、この時間を小1時間はみておかなくてはならない。けれど、お客同士が初対面ならばこの間に自己紹介を済ませたり、初めての訪問客には家の中を案内(これはイタリア式社交の流儀)して見せたり、食事前のプロローグとして寛いだ雰囲気を作ることができる。それに料理の準備をしている方も、少し間を置くと余裕が生まれて楽なのだ。ごく親しい場合は、飲み物の準備やテーブルセッティングなど手伝ってもらってもいいしね。

さて工事の間、予想以上の騒音、振動、埃のため控えていた食事会だけれど、こちらもそろそろ解禁することに。(工事の間だろうと何だろうとかまわず来る友人達もいたけれど)まずはお披露目も兼ねて、新装バルコニーでの夕涼みアペリティーヴォで始めよう。我が家の定番はもちろん、ヴィーノビアンコ(プロセッコなら最上等)にガス入りミネラルウォーターとリキュールを加えたヴェネツィアの定番カクテル、スプリッツだ。カウンターにカンパリ、アペロール、チナールなどのリキュールを並べ、バールよろしく注文に応じて作るのが楽しい。お酒があまり飲めない人も、アルコールを少なく薄めに作れば、皆と同様に楽しめる。アペリティーヴォ用のグラスは、この間イタリアのガラクタ市で見つけたデッドストックのノベルティー。リキュールの宣伝用に作られたものらしく、ロゴ入りなのがバールっぽくて気に入っている。素焼きの小鉢に、オリーブ(緑と黒を混ぜて美しく)や野菜マリネなどを盛り合わせてつまみに。もうちょっと小腹の空いた人には軽い味のフォルマッジョやプロシュットを適宜切って出す。お客が次々にやって来ると、手土産のお菓子や果物を冷蔵庫にしまったり、花を花瓶に移したり、手洗いのためバスルームに案内したりとけっこう忙しい。荷物は各自奥の部屋のソファーに置く決まりになっているけれど、これはお客のなかにだいたい勝手を知る友人がいて、頼まなくても誘導してくれるのでおまかせすることにしている。こういう常連たちは、ついでに家の案内もかって出て、こちらが説明する手間も省いてくれる。案内といってもそんなに広い家ではないから、グラスを片手に部屋を見て回るうち、台所に並んだ前菜や鍋の中までチェックすることになる。食事会の時はメニューを用意することにしている。アンティパストから順々に出していく料理の、今どのあたりなのか分かっていたほうが、お腹の加減を調節しながら食べられるから。プリモピアットを食べ過ぎて、後が入らなかったということのないように。このメニューを見つつ、期待で盛り上がるのもアペリティーヴォのひとときの楽しみだ。いうなれば、これから始まるコンサートのプログラムというわけ。「食前酒」などというと、なにやらすごく特別でフォーマルな感じがするかもしれないけれど、さにあらず。こんな風に気楽に生活の中に取り入れてみると、ちょっと贅沢な時間を過ごせる。食事の前に一杯のアペリティーヴォを。すぐにでも始められるヴェネツィア的生活である。
アペリティーヴォはいかが