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10/04
BUONA FORCHETTA
ヴェネツィアから戻って1週間。うっすらと時差ボケの後遺症が残るなか、ためいきまじりに思い出に浸る日々である。(イタリアから帰ってくるといつもこんなことを言っているな)嗚呼!久しぶりのヴェネツィアはそれはそれは楽しかったのだ。まあ、半月あまり仕事もせずに遊びほうけ、マンマの料理をたらふく食べ、ひたすらヴェネツィアの空気に浸っていられたのだから、これを至福と云わずしてなんと云おうか。ヴェネツィア通いも年を重ねるにつれ観光度はどんどん薄れ、加えて今回はパパ・ヴィットリオや数人の知人(しばらく行かないうちに亡くなった人も多い)のお墓参り、あるいは家を新築した友人たちのお宅訪問などあって、いよいよ本格的な里帰りという感じだった。ヴェネツィアにいる間は例によって、マンマの要望に応じて家の仕事の手伝い。イサオ君は階下のマガゼン(ワインセラーを兼ねた物置)を整理して棚を作ったり、壊れていたアイロンを見事に修理して、今回も著しく株を上げた。家中をぴかぴかに磨き上げ、何にでもアイロンをかけまくるイタリアの主婦にとって、愛用のアイロンは勲章のようなもの。口では「直せなかったら捨てるしかないね」と言ってはいたものの、やはり相当の思い入れがあったようで、使えるようになった時は大変な感激ぶりだった。(その他、小魚のフリットを作る際、頭と背骨を取り、ていねいに開きの状態に下ごしらえしたのにも大感激、即、隣近所にまで吹聴していた。)パパを亡くしてから、ひとり暮らしになったマンマは、おそらく普段は以前よりずっと簡素な食事ですましているようだったが、私たちの滞在中は久しぶりに腕をふるい、いくつか新しいリチェッタも披露してくれた。マンマの料理はどれも相変わらずしみじみと美味。おかげで、またも私たちの外食率は低く、日中出先で小腹が空いてつまむトラメッツィーニ(具だくさんのサンドウィッチ)や切り売りのピッツァ以外に、ちゃんとトラットリアのテーブルについて食事をしたのは全部で3回。そのうちヴェネツィアではたった1回きり。和食も何度か作ったので、肉じゃがやお茶漬け!ですませる日なんてのもあって、なんだか全体に力の抜けた食生活だったかも。肉じゃが---CARNE E PATATE(肉とじゃがいも、そのままの料理名にしておいた)は今回初めてイタリアで作ったのだけれど、ものすごく好評で大絶賛、みんな作り方を知りたがる。(ほんとに作ってみるのかどうか疑わしいが)考えてみたら、肉じゃがの材料はイタリアのどこででも調達できるものばかりだし、醤油(これだけはけっこう普通の食料品店やスーパーでも売っている)さえあればなんとかできてしまうという再現性の高い料理だ。実際、フリウリの田舎で作ったときは、肉以外は全部自家菜園で採れたものを使い、最高の出来ともいえる肉じゃがができた。この調子でイタリア中を肉じゃがの作り方を伝道しながらの旅なんてこともできそうだ。たまたま、友人の息子の誕生日が近いと分かり「日本ではティピコな誕生日のご馳走」として錦糸卵で飾ったちらし寿司を作ってあげたら、これも非常にウケた。大人にはもちろんだが、日頃好き嫌いが多く食の細い9歳の男の子が、箸を使う面白さと好奇心も手伝ってか、お代わりするくらい食べたので、母親はいたく感動していた。それから、イタリアの友人達の間では何故か今「梅干し」が人気。イタリアでも自然食系BIOLOGICOの店などには必ず置いてある。食品というより、薬効のある薬の1種として考えているみたい。梅干し好きの友人に日本からケース入り1キロパックをお土産に持っていったら、のけぞって驚喜。「こんな高価なものを!」といってたが、たしかにイタリアの梅干しは高く、クオリティーもいまいち。私たちがプロシュットのかたまりをお土産に貰う位うれしいのかもしれない。

トラットリアでの外食は少なかったけれど、お祭りの多い季節に行ったせいで、祭りの料理にありつくチャンスには恵まれた。ヴェネツィアのブラーノ島のレガッタ祭りでは、新鮮な小魚のフリットやグリリエにポレンタをつけ合わせて立ち食い。この場合は、やっぱり地酒のヴィーノ・ビアンコで。ブラーノは漁師の島として有名なのだ。おまけに地元の人が賄いで食べていた「ビゴイ・イン・サルサ」(塩漬け鰯とタマネギのパスタ)もちゃっかり味見することができた。一方、フリウリの山奥の村では、芋煮会ならぬポレンタ祭りをやっていて、大鍋で煮たほかほかのポレンタに手作りのサルシッチャ(ソーセージ)、村のラッテリア(ラッテ、乳製品の工房。さしずめ豆腐屋といったところ)製のモンタジオというチーズを味わった。村の長のような爺さんに聞いたかぎりでは、この山村に日本人がやってきたのはおそらく初めてだろうという。イサオ君を見て「思ったより背が高いな、サムライなのか?」と言っていた。(後で、そのサムライがオペラの歌を歌うのを聴いて仰天するのだが。)こっちも珍しい体験をしたわけだが、向こうも初めて日本人に遭遇して興味津々だったんだろうな。栗拾いをしながら日本の栗ご飯の話をしていたら、それを聞きつけたシニョーラが、栗を入れたリゾとは旨そうだから作り方を教えろという。一応教えてあげたけれど、ホントに作るつもりかなあ。とはいえ、こんなふうに同じテーブルについて食事をしたり、あるいは互いの食の情報を共有しあうと、多くの時間も言葉も要せずに仲よくなってしまうものだ。異文化交流の方法としては最高だと思うのだがどうだろう。特にイタリア人は一緒に食卓を囲み、おいしいものを食べることこそ「人生最良の時」と思っているので、話は簡単だ。食べることに意欲的で好奇心が強く、味に対する感性の豊かな人、つまり一緒に食事をして楽しい人のことをイタリアでは「BUONA FORCHETTA」良いフォーク、という。食べることにかけては何にでも興味を示す私たちは良いフォークだといわれるけど、この良いフォークの見本みたいなのが、ヴェネツィアのマンマだ。「じゃあ、良いスプーンBUON CUCCHIAIOてのはないの?」ときいてみたら、それはレストランガイドのランキングに使うのだとの答え。なるほどね。ところで、私たちもさることながら、このマンマこそヴェネツィアで外食をしない。私が面白半分に買ってきたヴェネツィアのレストランガイドの本をすっかり取り上げ、近所の知り合いの店が載っているのを確かめて喜んでいたが、ハリーズ・バーの1人分の平均値段が160エウロと知ってたまげていた。もちろん、行ったことはないという。私たちもハリーズ・バーに足を踏み入れたことはない。今度、一緒にアペリティーヴォだけしに行って、中を覗いてみようかと相談する。そうそう、それに私たちもマンマもまだ一度も観光ゴンドラに乗ったことがないのだ。
ヴェネツィアの家の窓から
ヴェネツィアの家の窓から

マンマと一緒にパッセジャータ
マンマと一緒にパッセジャータ

ブラーノ島のレガッタ祭り
ブラーノ島のレガッタ祭り

フリウリのポレンタ祭り
フリウリのポレンタ祭り

まだ未体験のゴンドラ
まだ未体験のゴンドラ