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09/04
CIAO BELLA
我が家は今年の夏、フルーツ王国だった。山ほどのマンゴー、メロン、白桃(すべて箱単位!)、そして北海道から貴重な西瓜「デンスケスイカ」とあちこちから切れ目なく届き、これでとどめかと思いきや、今度は葡萄と梨の箱が届いた。今年は暑かったせいか果物の出来がよく、成長も早いらしい。早くも秋の果物の季節が到来したのである。冷蔵庫の中はいつも果物が一杯という至福の日々。食べきれない!とうれしい悲鳴をあげつつ、せっせと食べるのはいいけど、果物だってこんなに食べたら確実に太ってしまうに違いない---。好物を前にこんな心配をしているのは、実は現在プチ・ダイエット中だからである。(プチとつくのが、我ながら往生際の悪い感じ)今回私がダイエットを始めたのは、念願のヴェネツィア行きを控えているからだ。腰を痛めて以来の運動不足による、およそ2年分の蓄積を少しでも減らして、足腰への負担を軽くしたいと思っている。もちろん、このままでいくと服のサイズが変わってしまって不経済だということもある。だから、どちらかというと体重よりは体型をなんとかしなければならないので、正確にはシェイプアップということかも。今までだってシェイプアップしたいとは思っていたけれど、人間何事も目標なくしてはなかなか行動できないもの。まあ、シェイプアップやダイエットに考えが及ぶほど、腰痛の状態は回復してきているともいえる。本当に痛いときには、思考回路にそんな余裕はうまれてこない。さて、それで首尾はどうかというと、フルーツのせいばかりでもないとは思うが、予想通り難航中。代謝をよくするミネラルウォーターをたっぷり摂り、朝と昼は極力控えて、夕食は(軽めにとは心がけるものの)ふつう。あとはウォーキングと腰痛防止をかねた軽い体操。そりゃ、もっとちゃんとやれば効果は上がるのだろうけど、主婦として一日の大切なしめくくりである夕食の時間を犠牲にするわけにはいかない。言い訳がましいが、ここらへんが「プチ」たる所以。日ごろから「今幸せでなくていつ幸せになれるというのか」という、たった今の幸せを追及するラテン系ポジティブシンキングを標榜している私、これは精神衛生上オールマイティの最強カードなのだが、後のことを考えて今の我慢が必要なダイエットには通用しない。この両者はまったく相容れない考えなのだ。イタリア人がダイエットが苦手なのも頷ける。というか、だいたいイタリア人にダイエットの発想は似合わない。

よくイタリアに行った日本の女の子が「やたらと声をかけられて困った」とか「イタリアの男ってすぐにナンパしてくるのよね」ということになる(らしい)が、私は何度も彼の地に行っているにもかかわらず、幸か不幸かまだそういう経験は一度もない。ただ、イタリアに行くと、見知らぬ男性から「CIAO BELLA」といわれることはしょっちゅうだ。直訳すれば「よっ、かわいこちゃん」と言われていることになるわけだが、イタリア男が女性にまず「CIAO BELLA」と呼びかけるのは、ごく普通のテンションによる挨拶みたいなものだから、誤解してはいけない。(まさかこれを真に受けているということじゃないよね?)もちろん、挨拶代わりとは分かっていても、悪い気はしないけれど。このようにイタリアの女の子は、小さいときから皆「CIAO BELLA」といわれて育つ。そうやって異性の視線を意識しながら大人になっていくのだ。ところで、この「BELLA」なるイタリア人の女性美の基準がどうなっているかというと、ティッツァーノの描く美女を見てもわかる通り、ルネッサンスの時代から彼らはとことん肉体派である。イタリアのテレビを見ていると、辟易するほど濃いアニマル系の美女がこれでもかと登場する。女性アナウンサーの服装なんかも、必要以上の露出度だったり、イタリア人が大好きなトークショーやバラエティー番組には意味なくぞろぞろとK姉妹級のラガッツァがはべっている。とにかく女は成熟していることが大事なので、痩せっぽち、幼児体型の女に対する評価は低い。あのモニカ・ベルッチだって相当なボディーである。夏ともなれば、老いも若きも相当立派な二の腕、下っ腹を惜しげもなく?むき出しにするので、いろんな意味で目のやり場に困る。成熟=フェロモン=豊満=肥満という一連の概念が、かなり広い解釈のもとに容認、あるいは混同されている世界なのだ。イタリアに行くと、私など太めの部類には入らず、まだまだヒヨッコ?扱い。ちょっとうれしい気もするけど、このぬるま湯のような環境だと調子に乗って食べ過ぎてしまうので危険だ。勘違いして、ついふらふらと(美の価値基準の違う)日本ではとても着られないような服に手をのばしそうになるのも要注意。フェロモンにおいては、はるか遠く及ばないのだから、気をつけなければならない。身の程を知ることも大切である。