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08/04
イタリアの休日
今年の夏は記録的な猛暑だけど、去年みたいな冷夏のことを思えば、このほうが夏らしくてずっといい。ウチは冷房が苦手なので、よっぽどのことがないかぎりエアコンのスイッチを入れることはないが、幸い風通しのいい家なので、案外涼しく過ごせる。暑くってもそれなりに楽しむ方法はいろいろあるし、8月に夏休みをとらない分、都会にいながらにしてリゾート気分が味わえると思えば腹も立たない。(オリンピックもあるしね)せっかくの自由業の身なんだから、何処へ行っても混みあうだけのこの時期は避けたい。9月にヴェネツィアに行くことにしたので、それが我が家の夏休みということになる。すったもんだしたあげくエアチケットを買い、旅行の日程をイタリアの友人達にメールで知らせたものの、なかなか返事がこない。やっとひとりからメールがあって、今はバカンツァ中だとのこと。そうか!そりゃそうだ。バカンツァ中のイタリア人にメールしたって、返事が来るわけがない。彼らは今、野山に放たれた動物のような状態なのだ。イタリア人の正しいバカンツァは、観光地を訪ね歩くことではなく、日常を離れたなんにもない田舎の山や海辺で家族でのんびりだらだらと過ごすことである。イタリア人は(フランス人もそうだけど)全国的に一斉にバカンツァに突入する。だから8月にイタリアに観光旅行に行くと当てが外れることもあるので注意したい。目指すレストランやお店、観光名所までもが軒並み閉まっていた、なんてことになりかねない。夏休みの観光地は一番の書き入れ時、休むなんてもってのほか、というのは我々日本人の感覚であって、イタリア人はそうではない。まずは自分たちがバカンツァをとるのが先決なので、心あるレストランやホテル、家族経営の店などは8月いっぱい休んでしまうのだ。(同じ理由でふだんの日曜日も休む)なかには夏期の間だけ経営を委託する場合もあるようだけど、こういう店はもともとたかがしれているから避けるべき。どうしても夏休みにしか行けない場合は、イタリア人と同じように山や海に出かけてイタリア式のバカンツァを楽しむのが正解だ。どうせ、都会に残っているのは外国人観光客ばっかりなのだ。

この間ものすごく久しぶりに映画を見に行った。映画も久しぶりだけれど、夜の渋谷に出ていくこと自体が、私にとって非日常感横溢。映画が始まるまでの小1時間、遅くまで営業しているこじゃれた本屋に寄ってみたりして、なんだかちょっとパリとかにいる気分だった。(とても混んでいるというふれこみだったので、早めに行ったらガラガラだったのだ)さて、肝心の「トスカーナの休日」という映画はけっこう評判になっていたが、この映画のどこに共感すべきなのか?としばし考えてしまった。(原作を読んでいないからほんとは違うかもしれないが、映画を見るかぎりでは)アメリカ人の感覚のズレぶりが、ある意味興味深かったけれど、おそらくこの映画が意図したであろう「イタリアってこんなにハートフルで癒されるところなのね!」というあたりは、まったくムリヤリなもっていき方であり「アメリカ人ってイタリアのことをこんなふうに勘違いしてるのね!」ということがよく分かったのだった。ほんとうにアメリカ人はイタリアのことをこんなふうに思っているのだろうか?(昔、イギリス人の書いた「南仏プロヴァンスの十二ヶ月」という本にも似たような感じを抱いたけれど)仕事にも行き詰まり、離婚して傷ついたアメリカ人の女性作家が、ひょんなことからトスカーナに家を買ってしまい、そこで暮らすうちに癒され、ほんとうの自分を見つける----という内容なのだが、結局彼女が心を通わせるのは家の改修を頼んだ不法就労のポーランド人の職人たちであり、思いっきりステレオタイプに軽薄なイタリア(しかもポジターノ)男とはおきまりの情事があるだけで、最後に出会うのはたまたまこの地にやって来た若いアメリカ男なのである。実話に基づいているらしいので、いろんなエピソードもその通りなんだろうけど、それにしてもアメリカ人は何処にいようとゆるぎなくアメリカ人まるだしのまま、調和というものがない。おそるべし、アメリカ魂。悪意はないとしても、なんというか自分の未熟さを棚に上げ、外国に行って勝手に「自分探し」をしているような、不遜な感じなのだ。出てくるイタリア人たちもアメリカンなフィルターがかかっているので、一向にイタリア人に見えない。(事実、イタリア語の堪能なイギリス人俳優だったりしている!そりゃ無理だぜ)この映画の舞台となったコルトーナや撮影で使われたモンテプルチャーノなんかは、さぞや勘違いな幻想を求めてやって来たアメリカ人観光客でごった返しているのだろう。くわばら、くわばら。もちろんかくいう私だってイタリア人じゃないし、イタリアは永遠に幻想の国なのには違いない。でも、異国の文化に触れるとき敬意をはらわなければならないことは知っているつもり。謙虚さは大切なことなのだ。この映画から今のイラクで起きていることを類推してしまうのは考えすぎというものだろうか?いずれにしても、いろいろと考えさせてくれたのだから、結果的には面白い映画だったのかもしれない。