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06/04
ファンタジスタ
この2カ月あまりかかりきりだったオペラ公演の制作の仕事を無事に終えたところ。オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」の2日公演は両日とも大盛況、事故もなく、それなりの成果を得てほっとしている。仕事とは何かという定義にもよるが、生計をたてる生業、経済活動だとすると、これは仕事とはいえない。去年から立ち上げて活動しているプロの演奏家と制作グループ、そしてアマチュアの合唱団によるコラボレーションであり、基本的には営利を目的にはしていない。公演に来てくれた友人曰く「夫婦で(イサオ君はスタッフとしてだけでなく、合唱団のひとりとしても参加)オペラのプロデュースを楽しむなんて最高の趣味」だそうだけれど、もはや趣味の域を越え、道楽といっていいかも。そう思ってみると、仕事と趣味、さらに道楽をどう定義してボーダーラインをひくかというのは、私のような人間には難しい問題だ。(別に区別しなくってもいいんだけどね)たとえば、私には純粋に趣味といえるものはあるのだろうか。つまりプロフィールとかの「趣味」の欄に書き込めるような事柄としてである。十数年前、それまで運動らしい運動もせず。非体育会系人生を送っていた私が突如としてテニスにはまったときには、これで確実に趣味といえるものができたぞと思ったけれど、腰を痛めて以来のここ2年というもの、テニスコートからはすっかり遠ざかっている。(そのうちまた始めたいとは思っているが)子供の頃からいつも絵を描いていて、大学を卒業してからもずっとデザインや美術関係の仕事をしているから、絵を描いたり何かモノを作り出したりすることはごくあたりまえの生活の一部になっており、仕事なのか趣味の範囲なのか、なんなのか判然としない状態。同じように、本を読んだり音楽を聴いたり(読書、音楽鑑賞)するのも、ごはんを食べたり眠ったりすることに近い、いわば生理的な行為のような感じだ。趣味は旅行、という感じもない。定期的に感性のインプットするために必要不可欠なものだと思っている。美術や映画鑑賞、バレエやダンス、歌舞伎などもしかりである。このサイトをやっているのも趣味といえそうだけど、こうやってなにかしら自己表現をするのは私自身を証明する「仕事」のようなものなので、これもまた違うような----。じゃあ、本を書いたり、料理教室をしたりするのはどうなんだろう。そんなふうに考えていくと、私には趣味といえるこれといったものがないような、あるいは逆に何もかも趣味みたいなもんなのだとも思えてくる。この頃さらにこの「趣味みたいなもん」のボリュームが増えている傾向にあるのもたしかで、そしてそこには一定のキーワードが存在している。それはイタリア、もしくはヴェネツィア。オペラのグループも、イタリアオペラの制作が目的だし、料理教室もイタリア料理がベース、このサイトもヴェネツィアのことを紹介したくて始めたわけだし、本や文章もほとんどイタリアがらみ-----と、まあこんな具合に、単にイタリアかぶれということなのか。要するに私の趣味はイタリアということなんだろうな。書店に行っても、タイトルにイタリアとかヴェネツィアとかあると、とりあえず反応する体質になっている。ここしばらくイタリアに行っていないので、イタリア語を忘れてしまわないように気をつけなければならない。(かといって、イタリア語のレッスンを受けようとは思っていない---ケチなんだろうか?)どんな切り口であるにせよ、とにかく私の興味はイタリアの方向へ向かっているのは間違いない。何故なのか?イタリア人がよく口にする人生になくてはならない三つのもの「パーネ・アモーレ・ファンタジア」要するに、経済的な意味でのパン、そして愛、それからファンタジア---あらゆる意味での夢や幻想、想像力、芸術的なクリエイティビティのことである。そう、ファンタジアがなくては生きていけない。そのことに気がついてしまったら、もうしようがない。ヴェネツィアに出会ってから、人生がはっきり変わったのは事実なのである。
※写真はオペラデビューを果たした我が家のシチリア男