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03/04
彼岸と復活祭
父の葬儀以来、あわただしい時間を過ごしている。会葬の返礼、法要の準備やいろいろな手続き関係に整理などなど、慣れないことばかりで戸惑うことも多く、思うようにはかどらない。ひとりの人間の生活が、いかにさまざまな手続きや書類の上に成り立っているものであるかをつくづく思い知らされている。今やっているのは、そのひとつひとつを解除あるいは変更していく作業なのだ。一方で、そろそろ自分の仕事も始めなくてはならない。幸い自宅と実家は通勤可能な距離なので、実家での用事をこなしながら2時間近くかけ、自宅へ逆通勤している。今年に入って、腰痛のリハビリのために仮想通勤と称して朝、自宅周辺を歩くのを習慣にしていたのだけど、今度のは本格的?な通勤だ。こうしてだんだんと自宅にいる時間を増やしていき、少しずつ生活のパターンを戻していこうと思っている。今はまだ、父の死がしっくりとこないものの、葬儀の日から時間が経って日常の割合が増していくにつれ、ゆるやかにその死を受け入れる準備ができていくのかもしれない。そう思うと、仏式の四十九日という考え方はうまくできている。この期間はまだ故人の魂がこの世にとどまっていると思えるから、なかなか気持ちを切り替えることができないが、法要を済ませてしまうと、いやでも日常と向き合うようになる。逆に言うと、四十九日までは葬儀から一連の仏事が続くので、その準備に追われて、落ち着いて物事を考える暇もないのだ。我が家の場合、ちょうどお彼岸の時期に重なったため、少し早めに繰り上げて法要を行った。そのすぐ後の早めの桜が開きはじめたお彼岸は、いつもにましてその意味が心にしみる気がした。ふだん通り母が小豆を煮ておはぎを作り、それを法要で見送ったばかりの父の仏前に供える。花冷えの凍えるような雨の日、初めてお寺の彼岸会というものに行き、父が彼岸に往って一番身近なご先祖様となったのだと実感した。今までの生活のなかでは、宗教に対する感覚が薄く、自分が仏教徒かどうかなんて意識することも少なかったが、葬儀をきっかけにして宗派の違いまで考えに入れなければならないようになったし、京都や奈良で巡る以外にあまり縁のないものと思っていたお寺に、具体的な用事のために足を運ぶ機会も多くなった。お寺とつきあう立場になってみると、ひとの人生のしめくくりには大切なはたらきをするものなのだと感じる。いや、本来はふだんから生きる意味を考えるために必要なはずなのだが、仏教徒だという自覚がないから、お寺と結びつけて考えていないだけなのだ。肉親の死を経験して、残されたものはより日々を生きることの大切さを知るのだ。こういうことを今さらながら気づかせてくれた父にしみじみ感謝している。親というのは死んでからも、何かを教えてくれるものなのだ。

彼岸を過ぎたら急に春めいて、桜がいっせいに開きはじめた。日本人が心待ちにする春の知らせといったら、やはりこの桜の開花だけれど、イタリアならパスクア、復活祭が春の到来を告げる。復活祭は春分後の満月の日を基準に計算する移動祝祭日なので、毎年日にちが異なるが、今年は4月11日を主日とする一週間。ヴェネツィアでも復活祭の頃になると、それまで不安定だった気候は急に覆いを取り払ったようになり、呆れるほど明るく晴れわたった空が広がる。町のパスティッチェリアの店先には鳩の形のパン菓子コロンバや、小鳥や卵をかたどった色とりどりのお菓子が飾られて、町ゆく人も「ブオナ・パスクア」と口々に挨拶を交わす。暗い冬が去り、春を迎えるなんとなくうきうきした気分になるものだが、本来、教義的にはクリスマスよりも意味のあるキリスト教最大の重要なお祭りなのだ。つまり、イエス・キリストがエルサレムに入城してから十字架にかかり、そして3日後に蘇るまでの受難と復活の過程を聖なる一週間として辿り、その体験を共有しようというものだ。しかも、この時期はもともとユダヤ教の「過越の祭」にあたるので、ユダヤの人たちにとっても大切なお祭りと重なる。しかし現在のエルサレムはどうだろうか。目を覆いたくなるような状況をみるにつけ、どこに救いを求めたらいいのだろうと暗澹たる気持ちになってしまう。今年は復活祭もいつも以上にその意味が深く心に迫って感じられるようだ。
※写真はフリウリのカステルモンテのマドンナ