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01/04
あけまして温泉
めでたくも新年早々、念願の温泉につかることができて満足している。盛岡まで自分史上初の講演なるものをしに行くのに日帰りも疲れるし、せっかくだからと近郊の温泉に一泊することにしたのだ。というか、温泉というニンジンを目の前にぶら下げて、思わずしり込みしそうになる自らに拍車をかけたと言ったほうが正しいかもしれない。こんなにお喋りなのに、大勢の人前となるとからっきし駄目なのだ。その肝心の講演の出来はどうだったのか、初めての経験ゆえ自分にはまるで判断がつかない。ひとりでも多くの人に、大好きなヴェネツィアのことを伝えたいと思って引き受けたことなので、たくさん用意していった写真資料(最新のプロジェクター機器による上映)を見てもらえただけでも、とりあえずよかったのではなかろうか。講演をした岩手の県立美術館は、できてからまだ3年あまりという新しい美術館で、すっきりした建築にほどよく目が行き届き、清々しく心地よい空間になっている。が、驚いたことに今回開催されたヴェネツィア美術展は、本格的にイタリア・ルネサンス美術を紹介したものとしては、東北で初めての展覧会なのだそうだ。展覧会でもなんでも様々な情報や機会が楽に手に入る東京に住んでいると、つい不遜になって忘れがちになってしまうけれど、文化交流という点でも、まだまだ中央集権状態なんだなと実感。それなのに、いつもないものねだりばかりしている自分のこともちょっと反省する。

さて、ともかく温泉だ。東北でも盛岡は比較的雪が少なく、その上今年はまだ積もるほど降っていないと聞いていたが、講演を終えて思いっきり安堵感に浸ってお茶などすすっていると、まるで図ったかのようにちらちらと小雪が舞いはじめた。そして夕刻、温泉のある旅館に到着する頃には、すっかりあたりは雪景色、しかもそこへ湯煙がたちこめて、まるでテレビの温泉旅行番組かなにかのイントロみたい。ラッキー!ケ・フォルトゥーナ。これも日頃の行いがよいからか?と、チェックインもそこそこに露天風呂へと急げば、ああ!そこには夢にまで見た「雪の降りしきる露天風呂」が。おまけに誰もいない。外気の冷たさと湯加減のバランスがよく、のぼせずにいつまでも入っていられそうだ。貸し切り状態で、こころゆくまで温泉を堪能、「日本人でよかった〜」と思うひとときである。(もちろん、風呂上がりに冷たいコーヒー牛乳でダメ押しするのを忘れてはならない。くーっ!)最近はホテルスタイルの温泉旅館も増えているようだけど、やはり温泉に来たからには、身も心も和風にどっぷりつかりたいと思う。だから、オーソドックスな造りの旅館が望ましい。むろん浴衣にてぬぐいだ。こういうところへ誰かイタリアの友人を連れて来たら、さぞ面白い反応をするだろうな。私たち日本人にとっても、すでに充分ノスタルジックな温泉旅館の情緒なのだから、彼らにとってはいちいち驚異と神秘なことだらけにちがいない。一度だけ(温泉ではないけど)和風旅館にイタリア人を連れて行ったことがあるが、かなりのカルチャーショックを受けていたようだった。イタリアも日本と同じ火山国であり、あちこちにテルメ、つまり温泉が湧いているが、やっぱり日本の、それも露天風呂にはかなわない。イタリアびいきの私だけれど、これは譲れないところである。入浴に関しては、ふだんの習慣もだいぶ違う。およそイタリア人は猫舌であるが、猫肌(そんなのあるか?)でもあり、お風呂の湯はめっぽうぬるい。冬場など確実に風邪をひきそうである。(日本の銭湯など、彼らにとっては熱湯のようなもの)それにバスルームの床は基本的に濡らしてはいけないから、派手にお湯をはね散らかしたりできない。もっとも、シャワーの出具合もいまいちであることが多く、結局はチョロチョロしたシャワーの下、欲求不満に陥りながらひっそりとバスを使うことになる。これは、フランスやイギリスなど他のヨーロッパの国でも同じだが、通常、一般家庭の給湯はタンク式なので、あまり湯を使いすぎると、途中で(ただでさえぬるめなのが)急にぬるくなり、最悪の場合しばらくは水しか出なくなる。これはけっこう恐怖である。シャンプーを使って泡だらけになっているのに、突如水シャワーになるのだ。当然、続けて何人もシャワーを使うのは無理。まあ、こちらの方がエネルギーの節約という点では、健全なのかもしれないけど。ヴェネツィアに住む日本人の知人が家を改装する際、まずまっさきに考えたのがバスルームの設備だったというのは、頷ける話だ。思えば、イタリアならずとも旅先での不都合はバスルームにまつわることが多い。安いホテルを転々とし、今度こそはと期待してひねった蛇口から、ぬる〜いお湯(または水)しか出なかった時の、あの情けなさ。唯一ホームシックになる瞬間である。それにひきかえ、露天風呂につかる時の何たる恍惚!私を含め、日本人の風呂好きというのはどうもDNAレベルなのではないかという気がする。