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06/03
イタリア家庭料理入門
レシピつきの食事会、エル・サオールがめでたく開店。料理のテクニックそのものより、食事を通じて生活を楽しむことを伝えるというのが主たる目的なので、皆でわいわい準備をしながら食卓を囲んだ。食事にかかせない賑やかなお喋りも尽きることなく、愉しい時間を過ごすことができました。皆それぞれに生活を楽しむヒントを発見してくれたようで、まずは当初の目的は達成できたみたいだし、やってよかったな。しかし、予想はしていたものの、今回の参加者は皆リピーターになりそうだし、次の回の新規予約もいっぱいだし、そうなると回数を増やさなければならなくなりそう。盛況なのはうれしいかぎりだけれど、それはそれで悩ましいところだ。実は、メニューを決めるのも思いのほか難航してしまった。あくまで家庭料理の範疇なので、なるべく特別なことはせず、日常的な材料を使った再現性のあるものをと思う一方、ちゃんと教えなきゃ、とか、一応お代を頂くのだし、とか、あれもこれも食べてもらいたいとなると、なかなか選びきれなくなってしまうからだ。おまけに、マンマに教わった時にメモしたノートや、イタリアで買ってきた料理の本をひっぱり出して読み始めると、すっかり気持ちはヴェネツィアへいってしまい、メニュープランのほうはちっともはかどらない始末。ただ、教える立場になって初めて、私自身もあらためてイタリア家庭料理の原点を考え直すことができたように思う。 イタリア料理というと、フィレンツェ風ビステッカやミラノ風カツレツに代表される肉料理、あるいはシチリアやナポリの色鮮やかな魚料理のご馳走イメージが強いかもしれないが、それは主にリストランテや祝祭用に供されるハレの日の特別料理。家庭では野菜料理のバリエーションが最も多く、ふだんはそれにパスタやリゾットなどのミネストラを組み合わせた、ごく素朴なものを食べている。魚料理が有名なヴェネツィアでも、とくに春から夏にかけては、エンドウ豆にアスパラガス、カルチョフィ(アーティチョーク)に様々なチコーリアにフィノッキオなど豊富な旬の野菜をせっせと食べる。夏の間に新鮮な野菜をたっぷりと食べて活動的に過ごし、反対に冬は脂肪分の多い肉食でじっと寒さを乗り切る、というのが伝統的な食生活のパターンだ。このふたつの季節の変わり目に降誕祭から謝肉祭へと続く時期があり、まずはご馳走をしっかり食べてから、その後肉食を断って季節の再生、春の復活祭に備えるという年間を通じた食のサイクルがあるのだ。今では、マーグロという精進のための断食(といっても肉食を断つだけ)など伝統的な決まりごとを厳密に守る人は少なくなってはいるものの、やはり夏に脂っこい食事は避けるし、地のものにこだわり、旬の食材には敏感に反応している。一方では、イタリア人自身がことさらに「スローフード」を提唱せねばならないほど、食の均一化、グローバル化も進んではいるのも事実だが、イタリアのマンマが愛情をもって取り仕切る食卓はまだまだ(日本の現状に較べれば)健全といえるのではないだろうか。

イタリアの家庭料理はシンプルで、手順自体はそんなに難しくはない。が、それだけに素材選びやちょっとしたディティール、タイミングによって大きく味が左右されることも多い。例えば、味付けは殆どがオリーヴオイル、塩、胡椒なので、その質によっておよその味が決まってしまう。逆にいえば、この三つさえちゃんと吟味したものを揃えておけば大丈夫なのだ。オリーヴオイルはエキストラヴァージンが基本だけれど、加熱調理に使うのはそこそこのクオリティのもの、食卓で生でかけるものは、ちょっといいものを奮発、とメリハリをつけて使い分ける。(フリットなど揚げ物には、オリーヴオイルより軽めのコーンやヒマワリのオイルを使う)オリーヴオイルは産地によって、その味わいがかなり異なるので、それぞれのオリーヴオイルを好みで選び、あるいは料理によって使い分けると、料理の巾がぐっと広がる。一般に、プーリアなど南の方のオリーヴオイルほど濃厚で味も香りもぴりっとスパイシー、色も緑が濃く、すこし曇っているものが多い。茹でた魚や野菜などのシンプルな素材にしっかりとからんで、どんなソースにも負けない奥深い味をひきだす。トスカーナやウンブリアあたりのは透明感があり、味もさらりと軽く、香りもさわやかでフルーティ。カルパッチョなどにぴったりのデリケートな味わいだ。家庭では、とにかくサラダにしろ何にしろ、あとで各自で味付けするので、オリーヴオイル、塩、胡椒、それにアチェート、赤ワインヴィネガーを加えた食卓用のセットが必須アイテム。日本の食卓に醤油差しがあるのと同じ感じだ。胡椒は必ず胡椒挽きでひき、予め挽いた瓶入りのものは使わない。最もよく使われている「SALE MARINO」海の塩も、パスタを茹でる時に使う粗いザラメ状のもの、調理に使う中目の粗塩タイプ、食卓で使う目の細かいものと使い分ける。この基本となる塩味ベースに、もうひとつの味の軸になるトマトソース、それにパルミジャーノ・レッジャーノの風味が加われば、イタリア家庭料理のおおまかな造形は整う。家庭料理に特別な道具は必要としない。実際、ヴェネツィアのマンマだってごく簡素なキッチンで見事な料理を作り出している。けれども旨いトマトソースを食べたいと思ったら、「PASSAVERDURA」野菜のすり潰し器はあったほうがいい。これさえあれば、その他にも豆のスープやニョッキ作りのためのマッシュポテトも難なくできる。イタリアのキッチンのシンボル的存在だ。それから、食べる時にその都度おろすパルミジャーノ用のおろし金(容器入りの粉チーズは卒業しよう!)、食卓のアクセントにもなる胡椒挽きなど揃えれば、少しずつイタリアのマンマの気分に近づこうというもの。おいしい生活を楽しむのに、大きな覚悟はいらないのだ。