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01/02
モミの木の下に
ヴェネツィアでナターレの時期を過ごすのは初めてだった。今回はパパ・ヴィットリオのお墓参りとひとりになってしまったマンマのお見舞いが目的というヴェネツィア行きではあったけれど、イタリアでは喪中という感覚は薄いらしく、ナターレはふだんと変わりない。20日あまりの滞在の前半はマンマと二人で、一緒にナターレの準備をしながらしみじみと暮らした。買い物や散歩はもちろん、お医者さまの所やマンマがマッサージ治療の為に通っている病院(ザッテレ河岸のもと修道院という病院はとても美しい)にくっついていったり、近所の未亡人ばかりのおばあさんグループに混ざってトンボラ(ビンゴに似たゲーム)やカードをしたり、劇場へ行ったり。どこへ行くにもお伴する腰巾着状態。イタリアではこういうのをいつも一緒という意味で影、オンブラというらしい。マンマもさすがにはじめのうちは元気がなかったものの、世話の焼けるオンブラとナターレの準備が忙しくなってくると、少しずつだけれどいつもの調子が戻ってきた。沈んでなんかいられないほど、イタリアのナターレというのは大変な行事なのである。

ナターレの季節は広場や街角にアルベロ(クリスマスツリー)が立ち、街路にはイルミネーションがつき、店のウィンドウもきらきらと美しく飾りつけられる。ちょうど年の瀬の松飾りと同じように、モミの木売りが道端に店を広げる。さらに24日が近づくと、プレゼピオというキリスト降誕のジオラマ模型があちこちに設置される。表通りや広場にこの時期だけ立つ屋台市(イタリア各地の物産市みたいなのもあって楽しい)、クリスマスデコレーションや雑貨を売る木小屋も登場して賑わうようになると、いよいよ気分が盛り上がる。25日がナターレ、続く26日もサン・ステファノの祝日で連休となる。24日まではお店が開いているから、皆夕方ぎりぎりまでその準備に奔走することになる。24日の夜は親兄弟の家族が集まって食事をし、午前零時を回ってからスプマンテを開けてパネトーネやパンドーロなどのお菓子を食べてお祝いするのが決まり。このときアルベロの下に運んでおいたレガーロ(プレゼント)を盛大に交換しあうのだが、これが皆の頭を悩ませる最大の原因なのだ。儀礼的なお歳暮などと違って、このときのレガーロは家族に心をこめて渡すもの。とくに値の張るものである必要はないけれど、ひとりひとりになくてはならず(誰かの分をうっかり忘れるなんて非常にきまずいらしい)、人によってあまり格差がついてもいけない。また同じものを贈ってバッティングするのも避けなけれはならない。しかも、その人の好みにあった、ちょっと気のきいたものでないといけないということで、贈る側のセンスや誠意みたいなものが問われるのだ。日頃から、誰がどんなものが好きだとか、欲しがっているものをそれとなく調べておく必要があるが、毎年のことなので限界がある。つまり、皆ネタ切れ状態なのだ。切羽詰まると、直接本人に何が欲しいか事前に訊いてしまうこともあるが、いわれた通り確保するのもまたひと苦労。なにしろ町中、いやイタリア中の人々がこのソットアルベロ(木の下)のものを調達するのに躍起になっているのだ。よさそうだなと目をつけていても、考えていることは皆同じ、24日が近づくとみるみる売れて品切れになってしまう。(どんな事態が生じたか知らないが、店先で泣いている若い男がいた!)最終手段として、お年玉よろしくお金を渡すという手もあるのだけれど、この場合もチョコレートやボンボンなどのお菓子を添える配慮をする。ふだんならメンツにかけても避けたいところだが、今回はエウロへの通貨切り替えという千載一遇のいいわけを得て、エウロの入った包みを木の下に置いた人も多かったようだ。「エウロをソットアルベロに置きましょう!」という謳い文句で小銭入れもおおいに売れたそうだ。さて、泣いても笑っても24日の夜8時頃には準備万端、食事会に臨まなければならない。血眼になって探した皆へのレガーロは半端な量ではない。自動車で運ぶわけにいかないヴェネツィアでは、それぞれ大きな袋やカートに乗せていく。この夕刻、ご同様の人々が大きな荷物を下げて道を行き交う様子はなかなかの見物。なんだか皆すでにひと仕事終えたような安堵感に満ちた表情なのが笑える。

ナターレの大変さはもちろんこれだけではない。食べ物のほうの支度もあるからだ。とくに食事会を受け持つ家は、料理のほかにも飾りつけなどの準備に大忙し。イタリアではお正月は友達とスキーに行ったりして別々に過ごすことが多いので、まさに一極集中、このときとばかりにご馳走攻めになる。子羊や豚のローストもあるが、ナターレといえばカッポーネ(去勢雄鶏)アナトラ(鴨)ファラオナ(ほろほろ鳥)と、鳥料理が多い。ローストにしたり、ブロードをとってトルテリーニを入れたスープにしたりする。久しぶりに帰郷する家族のために、とっておきの郷土の味を用意するのもナターレならでは。ヴェネトでは、モスタルダ・ヴィチェンツィーナというナターレの味がある。ようするにリンゴベースのフルーツジャムなのだけれど、ホースラディッシュのような辛子が入っていて、甘いのにぴりっとくる不思議なもの。パンにマスカルポーネ、そしてその上にこのモスタルダをたっぷりぬる。年一度のナターレにこれを食べ、懐かしさと辛子の刺激とで涙にむせぶということらしい。そのほかにも、カロリーの高い誘惑が地雷のように散らばっていて危険なことこの上ない。プロシュットやサラミ、サルシッチャやラルドなどふんだんに買い込んであるし、お菓子だって居間のテーブルの上にどっさり用意してある。おまけにクルミやピーナッツのナッツ類にナツメや干しいちじくなどのドライフルーツが篭に山盛りになっていて、随時これをつまんだりするんだから、これで太らないほうがおかしい。皆口々に「食べてばっかり!」といいながらも、結局食べてはお喋りと一日中口を動かしっぱなしだ。ただ、そうやって騒々しくしている最中でも、そこにパパの姿がないのに気がつくのはやっぱり切なくさみしいもの。でも、しんみりしてしまうより、できるだけいつもと同じように賑やかに過ごしたほうがいい。我々がいることで文字通り毛色の違ったナターレになり、そのさみしさを和らげるのに少しは役に立ったかもしれない。

ナターレの少し前、ヴェネツィアに雪が降った。意外にも、ヴェネツィアでは雪はとても珍しいことだという。サン・ミケーレ島にあるパパのお墓も真っ白に雪化粧に覆われて、それはきれいだった。きっと天国にいるパパがナターレの贈り物をしてくれたのだろう。マンマがくれたレガーロは銀の写真立て。なかにはお墓にあるのと同じ笑っているパパの写真が入っていた。パパも皆と一緒にナターレを過ごしたに違いない。