DIARIO MENU

12/11
ARS LONGA VITA BREVIS
今年も残すところあとわずか。いろいろと未知の経験をした信じられないような1年でしたが、今までにない多くの出会いのあった年でもありました。震災、そして原発事故は呪うべき凶事ですが、何事もなければすれ違っていたであろう人たちや気づかなかった大事なことに向かい合うことが出来たと思います。結局今年はイタリアに行かずじまいのまま、過ぎてゆくことになってしまいました。イタリアからの友人も来ない。そしてなんと我が家にプロシュットの在庫がない、というまさに未曾有の事態に。当然ながらパルミジャーノやドライトマトの在庫も心細くなってきました。しかたなくNSSINや成城石井でプロシュットやサラミをゲット。いつもの味には及ばないものの、まあ、これはこれでアリかな、と思っています。恒例の年末の宴会のメンバーにも、あらたな顔ぶれが揃うことになりました。東北へ足しげく向かう若い仲間たちや、東北支援のチャリティー活動で知り合った頼もしき女性たちです。いろんな意味でここまでサバイバルしてきたことを共に労う気持ちで乾杯しました。今年は自分の人生そのものが揺らぎました。節電や放射能による環境汚染という深刻な問題を含めて、自分の生活を見直すことになりました。それでも、命も家族も失わず、家も仕事もある私たちは恵まれています。一番変化したことといえば、生活時間の配分、プログラムでしょうか。今までも自分に残された時間について考えることもありましたが、今年はより明白にその事実をつきつけられました。どこか怠惰ながらのんきだった時間は失われてしまったのです。優先順位をつけて、時間もエネルギーも大切に使わなければなりません。3/11に突然失われた多くの命、その人たちが生きたかった時間を私たちは生きているのです。大切なものは何か、考えながら暮らしています。2年前から新年のカードに言葉を添えるようになりました。2010年は「DOVE ANDIAMO」(私たちはどこへ行くのか)2011年は「APRE LA PORTA」(扉を開けよう)でした。それぞれ、その時の心境を顕したつもりです。思えば数年前からこの世界に対して不安と危機感を抱き続けていたようです。そんな気持ちを払拭すべく、今年はポジティブな気持ちでいきたいと思って「扉を開ける」ことにしたのですが、それがこのような現実につながるとは予想だにしていませんでした。

さて、今年もカードを作ることにしました。けれども、FELICE ANNOとかBUON ANNOとか新年を祝う言葉は入れないことにしました。「ARS LONGA VITA BREVIS」(芸術は長い、されど人生は短し)ラテン語の格言です。ARSとはつまりアートですが、芸術という意味だけでなく、人が創造するあらゆるものを指していると思います。