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08/11
DOPO SEI MESI
あの日から半年が経った。この8月分のダイアリーを書いている今は、もうすっかり9月になってしまっている。今までも度々更新が遅れることがあったけれど、このところの顕著な傾向としてブログやサイトの更新が滞りがち。ひとつには単に物理的な時間の猶予がないという理由、それからfacebookという、よりアップロードもレスポンスも早いメディアに慣れてしまったことも大きい。いいわけがましいけれど、facebookのお手軽感と反応の早さを知ってしまうと、それに比べてブログもサイト更新もちょっとしたひと仕事と感じられ、ついつい億劫になってしまうのだ。3.11以後facebookの利用者ガ飛躍的に伸びた。私の周辺もしかり、非常時の連絡ツールとして使いはじめ、そこからだんだんとコミュニティ作りのツールとして使い方が広がっている。かくいう私自身、facebookのファンページサイトのスタイルでボランティアや支援活動情報を共有するコミュニティの管理人をしているし、別途ボランティアコミュニティのメンバーにもなっている。コミュニティのネットワークが広がっていくにつれ、当然ながらやりとりする相手もどんどん増えていく。1日のうちでfacebookのコメントやコミュニティーの運営に費やす時間もかなり増え、それが生活時間割を圧迫している節もある。家にいる時はほぼ常時オンライン状態にあり、コンピューターの前にいれば、仕事上のメールも含め、同時にあちこちのfacebookのコメントやらダイレクトメッセージやらチャットやらと賑やかなこと限りなし。まあ、この状態になるのを覚悟の上で始めたのだから、文句はいえないけれど。唯一の牙城はまだスマートフォンにしていないこと。スマートフォンでfacebookはじめたら、時間の侵食は加速するに違いないから。

更新が遅れるのには、他にもっと根本的な理由もある。ブログの方は、毎日の食卓やライフスタイルについて、日常の些末なことも載せているので、まだ楽なのだけれど、サイトのダイアリーはブログとの使い分けのつもりで、多少内省的な内容をと心がけている。多分そのせいで、なかなか筆がすすまない。つまり書くべきこと、書きたいことが半年前とは大きく変わってきているからだ。あの日から始まった傷つき、ひりひりした日常。それ以前のある意味無邪気な、のほほんとした日常は失われてしまったのだ。自分らしく生きるというタイトルも、すでに変質した日常生活の上に成り立っている。まだまだ続く災害支援、長い長い復興に向けての生活支援、それによる経済不安、そして未だ収束しない原発事故と放射能の影響。今の日本を身体にたとえていうなら、半身に大怪我を負い、まだじんじんと続く痛みを抱えながら、生活しているようなものかもしれない。これからの長い闘病生活、いつも何かが心にのしかかっている。半年が経ったけれど、まだ震災後の世界とはいえない。今も震災は続いているのだ。