ヴェネツィア的生活>>実践編
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8.サンタ・マリア・デラ・サルーテ
文・写真/角井典子
写真「プリモアックア、ドッポカフェ(はじめに水、それからカフェ)」毎朝マンマがつぶやくおまじないのような言葉。朝カフェを飲む前に、コップ一杯の水を飲むのを忘れないようにしているのだ。まず水を飲んで胃腸のはたらきを整えるのだという。郷に入れば郷に従え。真似してみると、たしかにいきなりカフェを飲むより調子がいいような気がする。カフェは目覚めの儀式に欠かせない。が、お腹の具合が悪いときにはさすがにお茶、ハーブティを飲む。レモンの皮を煮出したものや、ビカルボナート(大きな瓶入りの重曹塩で、飲用するほか苺など果物を洗ったり、赤ちゃんの手足を洗ったり色々な使い方をする家庭の常備品。)を水で溶かしたものを飲むこともあるけれど、写真すぐに胃薬を飲んだりはしないようだ。 なるだけ薬草やオーガニックな自然療法で治そうという考えで、食事による健康管理にも注意を払う。旬の季節や地元の食材にこだわるのも、大切な家族の健康を守りたいというマンマの熱意のあらわれ。食後に必ず果物を食べる、塩分の多いサラミやアンチョビには味付けしていない野菜を食べる、 カルチョフィとラディッキョ(ほろ苦いサラダ用のつまみ菜)を一緒には食べないなど食べあわせのようなことも気づかう。 さらにこの頃はバナナやチェーチ(ひよこ豆)はカリウムが多いから塩分の排出をたすけるだとか、一日に必要なビタミンCの摂取量は、 などとなにやら詳しい情報を仕入れている。その情報源はどうやらテレビ番組らしいのだ。
写真 日曜日の夜のゴールデンタイム、堂々3時間の人気テレビ番組は視聴者参加型の健康バラエティーショー。日本でもよく見かける方式で(どちらが先なのだろう)毎回様々な病気や健康管理のテーマに沿って、高名な医師による解説や電話での相談、それもかなりシビアかつ具体的なやりとりが交わされる。マンマも楽しみにしているので欠かさず見るけれど、番組の始まる夜9時は通常夕食の時間。ときには、ちょっと食事中には遠慮して欲しいような内容のこともある。日曜版の新聞にはずっしりと分厚い、その名もずばりサルーテ(健康)特集の別冊がついて、生活習慣病対策や健康維持、食物成分や体操などなど懇切丁寧。医療システムの違いも大きいけれど、ともかく健康に対する関心はとても高いようだ。「アラ・サルーテ!(健康に祝して)」といえば、乾杯のときの決まり文句。日々お互い健康でありますようにという気持ちが込められている。

大運河に面したバロック様式の姿が優雅なサンタ・マリア・デラ・サルーテ(救済の聖母マリア)教会はその名の通り、ヴェネツィアで猛威をふるったペストが鎮圧されたのを感謝して17世紀に建てられたもの。今でも年に一度のお祭りでは、大運河に特別に架けられた橋を渡って教会に入り、無病息災を祈念する。ヴェネツィアの町を歩いていると、町角のあちこちにマリア像や聖母子像が祀られているのに気がつく。小さな祠になっていたり、壁掛け風だったり、イコン、彫像、レリーフ、モザイク画とそのスタイルも様々。かなりの年代を経たものもあれば、写真比較的新しい照明つきなんていうのもある。いかにも手作りといった素朴さで、ロウソクや花が供えられているところなど、ちょっと道端のお地蔵様のような感じ。母親らしい表情のマリア様をひとつひとつ見て歩くうち、なんだかほんわかあたたかい気持ちになってくる。きっとマリア様は教会の中だけにいるのではなく、家族を思いやるマンマたちの心となってふだんの暮らしを見守っているのだろう。
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