ヴェネツィア的生活>>実践編
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4.洗濯物のある風景
文・写真/角井典子
写真イタリアの下町といえば誰もが思い描く、あの映画に出てくるような洗濯物はためく路地裏の光景。都市部ではそんな眺めも少なくなっているというけれど、ここヴェネツィアではまだまだ健在。通りに面していようが、運河の上だろうが、洗濯物は窓の外に盛大に干すのが常識だ。ヴェネツィアの建物にはたいていコルテという中庭があり、物干用の両端に滑車のついたロープがはりめぐらされている。洗濯物を干して順々に向こうへ送りだしていき、乾いたら手前にたぐりよせながら取り込んでいく。やってみるとなかなか面白いけれど、シーツや毛布も同じように干すとなるとかなり重労働。お天気のいい朝、窓の下にずらっと並んだ家族全員の洗濯物は圧巻で、まるでヴェネツィアのマンマたちが掲げる誇らしげな旗印のようだ。


ヴェネツィアに限らずイタリアのマンマはとても忙しい。75歳になる我が愛しのマンマ・ロ−ジィも例外ではない。「どうしてこんなに私ばっかり忙しいんだろ」と文句をいいながらも、次から次へ休む間もなく体を動かしている。家庭は主婦の城であり、家事をきちっとやってこそマンマとして君臨できるのだ。家のなかはすっきり片づき、鍋や家具はいつもぴかぴか、洗濯物は整然と列をなし、バスルームは清潔そのもの、シャツにはぴしっとアイロン、ささやかながら窓辺には花を欠かさない。写真そして毎日手をかけ、せっせと愛情たっぷりのごはんを作る。とくに台所はマンマのテリトリー、マンマのそのまたマンマからリチェッタを受け継ぎ、さらに自分なりに工夫したやり方を築きあげているので、おいそれと手出しは許されない。食材はこまめに仕入れて使い切るため、冷蔵庫も小さく道具もシンプル。ところがこの小さい簡素な台所で、魔法のように最高の料理をつくり出してしまうのだ。手抜きというものが一切ない料理は、当然手間ひまかかるものばかり。口癖の「パツィエンツァ--忍耐!」を連発しながら、水で戻した干ダラの小骨をていねいに取り、レモンマリネにするひしこいわしもひとつひとつ手で開き、サラダのルコラは根気よく茎を取り、カルチョフィ(西洋アザミの蕾)はアクを抜いてパセリを詰める。マリネやアク抜きに使ったレモンは鍋やお皿を洗うのに無駄なく再利用。そういえば、家庭から出るゴミは最小限である。市場へは必ず買い物袋を下げていくし、もとより食品の包装自体も日本に較べずっとシンプルだからだ。ヴィーノの空瓶は洗ってまた使い続ける完全なリサイクル。それ以外のガラス瓶は町角の回収ボックスへ。可燃ゴミも同様に回収ボックスまで捨てにいくか、決まった時間に出しておけばゴミ回収の台車が集めに来る。自動車のないヴェネツィアでは、台車で集めたあとは舟で運搬。あたりまえだけれど、ヴェネツィアでは車の代わりにすべて舟だ。ゴミ回収の他、郵便配達、警察、救急車ならぬ救急ボート、その他あらゆるものの運搬、DHLだってちゃんとロゴ入りのボートがある。もちろんバスもモトスカーフォやヴァポレットという水上バスなので、ラッシュアワーの混雑もなんだかのんびりしているように見える。ここでは時間までも波まかせ、ゆったりと流れているようだ。
写真
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