ヴェネツィア的生活>>実践編
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3.メルカートへ行こう
文・写真/角井典子
写真朝のカフェを飲みながらマンマとその日の献立の相談。昨日何を食べたっけに始まり、ヴェネツィア独特のリチェッタ(レシピ)や体にいい食べものについて、はたまたこの時期どんな魚や野菜が旬なのかなどなど、かなり真剣に話し合う。あらかじめマンマにアイデアがあり、いきなり仕度にとりかかることもしばしば。そうなるとマンマの指示のもと、朝からイカの皮むきやら野菜のみじん切りが始まる。驚くことにマンマは今まで私たちに何を食べさせたか、それに好物などもすべて記憶していて、あらたなリチェッタを披露する時に念入りな説明をつけ加えるのを忘れない。食べることへの限りない情熱、そして真摯な態度。美食というのとは違う意味でのこだわりを感じる。旬のもの、土地のものを食べる心意気もそのひとつ。ヴェネツィアに春を告げるのはサンテラズモ島の野菜たち、カストラウーレ(食用アザミ、カルチョフィの一番摘みの蕾)、アスパラガスにえんどう豆。江戸前ならぬ、ヴェネツィア前のラグーナでとれるイカやモエケというソフトシェルの小さな蟹も旬の味だ。そうそう、生の白いんげん豆が出回るのもこの季節ならでは。それじゃあ、今日はパスタ・エ・ファジオイ(いんげん豆とパスタのスープ)にしようか。方針が決まれば、さあ買いだし、市場(メルカート)へ直行だ。
写真メルカートはその土地の暮らしぶりが一番よく判るところ。島の中心のリアルト市場は、ヴェネツィアで最も魅力的な場所のひとつだ。大運河に面したメルカートへ対岸から乗る渡し舟、トラゲットもまた愉しい。魚市場ペスケリアはネオ・ゴシック様式の由緒ある建物。横にはテントを広げた野菜市場エルベリアとそれを囲むように食材店が立ち並び、朝早くから賑わっている。ラグーナでとれたばかりのぴかぴかの魚や、元気いっぱいの野菜たちが見事にディスプレイされているのは壮観で、思わず見とれてしまうほど。地元産を意味する「我々の--NOSTRANO」と書きつけた札があちこちにあり、「朝とったばかりの、サンテラーズモの味のい〜いアスパラガスだよう」「ラグーナのとれたてのゴ(ハゼの一種の魚)だよう。リゾットにするとうま〜いよお」と売り子たちの歌うような口調も誇らしげだ。季節のうつり変わりや自然の恵みが感じられる店先を見てまわるうち、ついうきうきしてしまうけれど品物選びはあくまでも慎重に。いわゆるスーパーマーケットもあるにはあるが、マンマは殆ど利用しない。果物はここ、肉ならこちらという具合になじみの店が決まっていて、ひとつひとつ厳しく吟味する。オリーヴオイルなど常備品や缶詰め以外は新鮮な食材をこまめに買う。パンも毎日近所の店へ買いに行く。よい食事はまず食材調達からと、料理同様ここにも手抜きは一切ない。マンマのみならずイタリアの人たちは食べること、ことに家庭での食事をとても大切にする。家族や友人たちと食卓を囲む愉しさ、そして心と体に与えるその効能をこころ得ているからだ。食べることは人生の基本、元気で幸せになる最高の方法なのだ。よりよく食べることは、よりよく生きること。メルカートはおいしいヴェネツィア暮らしの象徴なのである。
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